フィリピンの祝日「独立記念日」とは?

2019.06.12
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本日6月12日は独立記念日としてフィリピンの祝日にあたります。
当然ですが日本とは異なる祝日を持つフィリピン。本日はその中から独立記念日に焦点をあて、歴史も含めてご紹介します!

フィリピンの歴史は大きく3つに分けられます

フィリピンの歴史は大きく分けて
先スペイン期(〜 西暦1565年)、
スペイン植民地時代(西暦1565年 〜 1898年)、
アメリカ合衆国植民地時代(西暦1898年 〜 1946年)、
独立以後の時代(西暦1946年 〜 現在)
の4つに分けられます。

スペイン植民地時代以前の記録はあまり残っておらず、人々に知られるフィリピンの歴史というのはスペインに支配されてからのものしかありません。

スペイン植民地時代のフィリピン

本日はその中から、スペインに支配されていていたスペイン植民地時代のフィリピンについてご紹介します。

というのも、今日の独立記念日の「独立」というのは、アメリカからの独立ではなくスペインからの独立を祝して設定された記念日なのです。
実質的な独立はスペインの後のアメリカからの独立であると指摘する人も多いのは事実。そちらは各々の見解に寄るというところです。

スペイン植民地時代のフィリピンを語る上で欠かせないのが、マゼランとラプラプという2人の男です。

スペインからの支配者:マゼラン

マゼランは大航海時代のポルトガルの航海者、探検家です。1519年に始まる航海でスペイン船の艦船隊を率いて航海を続け、1521年にフィリピンにたどり着きました。

本名:フェルディナンド・マゼラン

フィリピンに上陸したマゼラン一行は、現地の人々に武力を用いて制圧しようとしました。厳密にはスペイン国王への服従とキリスト教への改宗を要求したのです。
当時のセブ国王はこれに応じるほかなく、女王とともに洗礼を受けキリスト教徒となりました。

あまり知られていませんが、 実はフィリピンはもともとイスラム教が国内の主な宗派だったのです。
今でこそキリスト教徒が多い国として認知されていますが、そうなったのはマゼランたちをはじめとするスペインによる支配がきっかけでした。

抵抗するフィリピンの英雄:ラプラプ

マゼランたちにより人々が次々と改宗していきます。
そんな中、セブ・マクタン島の部族長ラプラプ王は頑なにイスラム教を貫き通し抵抗しました。

これに激怒したマゼラン。対立する2人は、1521年4月21日に決闘することになったのです。

マゼラン側は巨大な軍艦に十分な装備があります。
対してラプラプ側は槍や刀など近接武器のみ。対決が始まる前から、大勢は決しているように見られていました。

決闘の末に

戦力としては圧倒的に不利であったラプラプですが、彼の強みは時頭の良さでした。
また、マゼランに比べて自分の島であるマクタンの地形について詳しい、地の利というアドバンテージもありました。

彼は決闘の地をマクタン島のとある遠浅の海岸に指定しました。
それには、ラプラプを倒すための作戦が秘められていたのです。

決闘当日、大きな軍艦と大砲と共に、万全の体制を整えて海岸についたマゼランは驚きました。潮がすっかり引いてしまい、船が近づくことができず、また大砲も届かない状態になっていました。仕方なく、マゼランは船を降りて歩いてラプラプが待つ決戦の地まで向かいました。

また、マゼラン軍が頑丈な鎧を身にまとっているのに対し、ラプラプ軍はみんな軽装、ほぼ裸のような格好でした。しかし、砂浜・水辺という場所においては重い鎧は邪魔でしかなく、マゼラン軍は思うように動くことができませんでした。

結局、ラプラプの知恵により戦力というメリットをなくされて、重い鎧というハンデを背負ってしまったマゼランは戦いに敗れ、命を落としてしまうことになったのです。

独立までの流れ

ラプラプがマゼランを討ちますが、フィリピン全体ではスペイン支配が進み1565年よりスペインの植民地となります。

しかし、ラプラプを例に挙げられるように、抵抗する人たちもかず多く存在したのです。

独立への引き金を引いた英雄:ホセ・リサール

その後1880年代~90年代にかけて、フィリピンの独立運動が始まります。
この時期のフィリピンを語る上で欠かせないのが、ホセ・リサールという人物です。
彼は非常に頭が良く、語学も堪能でした。そのため発言の影響力が強く、フィリピンのスペインからの独立に大きく寄与します。
最期は35歳の若さで政府により殺されてしまいますが、現在においてもフィリピンで一番のヒーローとして多くの人たちに認知されています。

アメリカとスペインの間で戦争勃発!

そんな中、1898年に米西戦争(アメリカとスペインの戦争)が起こりました。
戦争中にアメリカはフィリピンに上陸するのですが、その際フィリピンの独立に全面協力するという約束をしました。
そして、アメリカのバックアップもありついに1898年6月12日、フィリピンは独立を果たしました。 これが現在独立記念日とされる日です。

国旗のひみつ

植民地になったり、支配から独立するときには戦争など争いが必ず付いてまわります。現在フィリピンがいち国家として独立できたその背景には多くの人々の犠牲があり、その上に成り立っていることを忘れてはいけません。

さて、皆さんはフィリピンの国旗がどんなものかご存知ですか?こちらです。

それぞれの色には意味があります。
白は平等・友愛
青は真実・正義
赤は愛国心・勇気
太陽は自由で周りを囲む星はルソン、ミンダナオ、ビサヤなどそれぞれの島に該当します。

ちなみに、戦争が起こるとその最中は国旗の上下をひっくり返した形で街中に掲げられます。
「真実・正義」の青が下に来て「愛国心・勇気」の象徴である赤が上にくるということです。

ライターの私もフィリピンに移住し2年が経とうとしています。 これから先、永遠に国旗が上下逆にならないことを願っています。

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TakayamaHotsumi
7年前にフィリピン留学を経て1年間の世界一周バックパッカー。 中南米を中心に23ヶ国を周遊し日本に帰る。 現在はセブに拠点を移し、日本語教育に携わっている。

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